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2011年6月14日 (火)

0007 「超」整理法2 捨てる技術

情報の洪水というか、紙くずの山に埋もれてしまって、
自分がほんとうにたどり着きたいところへ進むのに障害になっている…

というのが、わたしの現状です。
それでも、『「超」整理法』に出会って、ずいぶん自分の身の回りにも変化が起こりました。
今回は、その『「超」整理法』の第二弾。「捨てる技術」です。

以前よりは、書類に関する探し物の時間は相当縮減されましたし、
収納に要する時間も圧縮されてきました。

「整理」という行為には、何かを生み出すという効果が直接的に存在しないので、
ついつい忙しさにかまけてその一部や全部を省略しがちではありますけれども、
「何かを生み出す」その作業の生産性には、非常に深く寄与しますし、
なにより「生活のうるおい」と「心の平穏」をどれだけ豊かにしてくれるか、
はかりしれません。

このことについて、著者は、鋭い観察力を以下のように発揮しています。


(p.28)
「捨てる」ことには、緊急性がない。
当面の仕事のためにどうしても必要な作業ではないのだ。
不要書類を捨てれば仕事場はすっきりするが、それ以上のリターンはない。
それより、期限が迫っている仕事を片付けるほうが、ずっと緊急だ。
(中略)「いつでもできる」というのは、「いつになってもできない」ということである。
「この仕事が終わったら、やろう」と思っていると、
終わったとたんに(あるいは終わる前に)、もっと緊急な次の仕事が現れる。



『「超」整理法』が教えるところを、何ひとつだがえず、完全に実行するならば、
おそらくもっと効果的な仕事ができるのでしょうけれども、
そこはどうしても自分のオリジナリティを出したくなってしまう、へんな欲張りと引き替えに
最高のパフォーマンスがおあずけになっているのが、わたくしの残念なところでしょう。

そして、この著作に示される整理方法が、著者がマゼラン的な仕事と呼んでいる、
たとえば「研究」だとか、「計画」「設計」「分析」「試験」「評価」
(これらは技術士の業務でした)
とこれに伴う実践活動を行う者にとっては、記録を失ってしまったことに起因する
時間的ロスや、あるいは、記録を保管するための必要以上の労力によるロスを
軽減してくれることは間違いありません。

そして、それらが、「必ず実行すること!!」という掛け声ではなく、
全編を通じて必ず実行されることを助けてくれる仕組みの整備の
方法を示してくれていることが、『「超」整理法』シリーズの意義なのでしょう。

ただし、ファッション誌やライフスタイルに関する雑誌などに見られるような、
美しく見せるテクニックではないので、
あくまでデスクワークの機能一辺倒と理解するべきでしょうし、
美しさや快適さに関しては、『「超」整理法』シリーズ以外の要素と、
その人なりのセンスに頼らざるを得ません。


ところで、『「超」整理法』シリーズの教えの中で、
わたし自身がわりと確実に実行できている… と思っていることがあります。

それは、次の提案に関することです。

(p.146)
パソコンに入っている情報は、捨てる必要がない。
その第一の理由は、データを保存しているハードディスクの容量が著しく大きくなったことだ。



わたしは捨てないばかりではなくて、
作成途上のファイルをすべて保存することで対処しています。
それは、まさに下記の恐れへの対策なのです。


(p.170)
文章を書いている途中で、不必要な箇所や冗長な箇所を見出すことがある。
あるいは、話題が本題からずれて進行している箇所も見つかる。
こうした箇所は本文から削除する必要がある。しかし、
「もしかすると、あとで必要になるかもしれない」と思う。



また、こんな指摘もあって、


(p.173)
「仕事はフローであり、そのフローは逆流することもある」



わたしの、意外と徹底した「作業保存癖」への説明として、
とてもありがたく使わせてもらえそうです。

わたし自身は、『「超」整理法』シリーズの
第一弾を以前読んだことがあるのではないかと思います。
そして、第一弾以降の著者の経験や取り組みを通じて、
新しい所見も含まれているようです。

たとえば、


(p.62)
しかし、封筒の中に入ったものは見えなくなる。(中略)
一年ほど前の封筒で「緊急処理」というタイトルのものを見つけて、
仰天したことがある。このとき以来、
未処理で重要なものは、封筒に入れず、
裸のままダブルクリップでとめておく方式にした。
(中略)こうすれば、目につく。
クリアファイルに入れておくことも考えられるが、
裸のままでダブルクリップでとめておく方式のほうが優れている。



とあって、著者の失敗経験に基づいた対処方法が語られることで、現実味がずっと濃くなっています。


(p.64)
そもそも、決裁文書については、
「やり直し」というプロセスは想定されていないのである。(中略)
マニュアル遵守的な仕事では、仕事は一方向に流れるものと想定されている。
(中略)受け入れバッファーは様々なところに見られるのに対して、
廃棄バッファーは殆ど見られない。



「やり直し」は、ある人々にとっては、
非常に不名誉かつ非効率な現象として受け止められるようです。
しかし、著者がマゼラン的と呼ぶ仕事にあっては、
まさにそれが仕事上の特性なのであって、
最初から仕事のフローの中に含まれていてしかるべきことであったのだ
ということについても、気づきを与えられます。


さらに、わたしたちの日常的な疑いのない作業にも、新しい視座が。


(p.110)
新聞記事をきちんと整理しておくのは、あまり意味のある作業とは思えない。
切り抜いたものの圧倒的部分は、使わないからである。
そうした作業に時間が使えるのは、時間に恵まれた人である。



さらにわたしの考えを述べれば、抜書きも同様にあまり意味のある作業とは思えない。
と、思ったところ、案の定、次の指摘が…


(p.118)
(必要なところの)内容をメモしておけばよいのだが、
一冊ずつ書き出すには、大変な手間がかかる。



でも、わたしが抜書きをしてしまうのは、何か効果があるような気がするからなのです。
事業で息が詰まるような思いのところにいるときには、気分転換にもなっているようだし、
文章の上手な人の書いたものをそのまま写せば、少しは自分もうまくなるかもしれない。

それに、自分が確かに過去に読んだ本に書かれていたことで、
しかし、どの本のどういう文脈で書かれていたのか全く思い出せず、
しかし、今一度確かめたい…
そういう必要に迫られることがあるのです。

それで最大限の回避法として、抜書きを選んでみたのです。


(p.152)
将来必要になるであろうキーワードを、あらかじめ設定しておくことは難しい。
文章を作ったときには意識していなかったことを、
あとになって調べたくなることがあるからだ。



そして、この指摘のとおり、
結局、調べたくなる時には違ったキーワードで調べたくなるのであって、
抜書きをパソコンでテキスト化したところで、意外と役には立たないものです。

本を読むことの効用のひとつに、「励まされる」ことがあるのでしょう。
読むときには、今の自分として都合の良いように読んでいることは、否定できません。
たとえば、わたしには、自分たちの事業の中で劇的に変えたいことがいくつもあります。
しかし、それがなかなか実現しないでいると、しだいに取り組んでいること自体に疑いを生じてきます。


(p.100)
部屋全体を模様替えしようと思うと、構えてしまう。
「時間ができたらやろう」と思うが、緊急を要する用事は、
つぎからつぎへと押し寄せてくる。
対応ができないまま、何年もたってしまうだろう。
部分的な処理が重要なのは、日常生活の中で行なえることだ。
それによって、状況は「少し」変わる。
ほんの少しであっても、変わることが重要なのだ。
それを続けてゆけば、部屋の様子は、いつか一変するだろう。



今のわたしは、著者が
「ほんの少しであっても、変わることが重要なのだ。
 それを続けてゆけば、部屋の様子は、いつか一変するだろう。」と記してくれたことを、
都合よく、わたし達の事業も『いつかは一変する』と理解しているのでした。


もう一つの励ましは、別の著作による本著への批判に対する著者の考えを示した
「終章 その後の展開」にありました。


捨てることがいかに困難な作業であるか、
捨てることを前提とした廃棄バッファーという一時保存装置の存在が、
結果として捨てることを促進することを指摘したのである。


(p.182)
「保存することによってこそ、捨てることができる」。
これが本書の基本思想である。
この思想の背景にあるのは、「対象がフロー(流れ)だ」という認識である。(中略)
従来の整理法や書類の保管法の基本的な欠陥は、

対象をストック(蓄積)と捉えていることにある。
(中略)このため、現在存在するものの秩序付けに終始しており、
今後流入するものの処理を閑却している。


(p.190)
「一定期間を過ぎたら捨てよ」とか「定期的に」というのは、「テクニック」ではない。
無意味な精神訓話に過ぎないのである。(中略)
「一見テクニックに見えるが、実行できない方法」が堂々と述べられている。


(p.201)
図書館で書庫に入り、誰もいない空間に膨大な蔵書があるのを見ると、
人類が作り出した知的資産に限りない畏敬の念を覚える。


(p.203)
立花隆氏は、「捨てる!」を評して
「人類は捨てないことによって進歩した」と述べた。
私はこの意見に賛成である。



やはり捨てることは、人間である以上、進歩に必要な行為なのであり
だから、困難なことなのでしょう。

でも、やはり捨てないことが、人生の豊かさを妨げている側面も確かにあります。
われわれは「捨てられない」動物である。
そして、「捨てる」ことに取り組むのであり、捨てることへのストレスを軽減する技術を
このシリーズは示してくれています。




-----では、私の反応したくだりリストを以下に----


(p.20)
保存しておいても、探し出すことができなければ、捨ててしまったのと同じことなのだ。

(p.20)
必要なものが見当たらなくて探し回るとき、
「いらないものがこんなに沢山あるのに、どうして大事なものが行方不明になるのか!」
と痛感した経験のある方は多いだろう。
そして、「大事なものを見失わないために、不要なものはどんどん捨てるべきだった」

(p.21)
(3)脳の活性化 第三に、美観上あるいは精神衛生上の要請がある。
(中略)すっきりとした仕事場やなにもおいていない机は、脳を活性化させる。
(中略)普段散らかっていた部屋がきれいになると、豊かな気分になる。

(p.21)
生物が持っているメカニズムの殆どには、本質的な意味がある。
そであれば、忘却も合理的なことなのかもしれない。

(p.22)
生物が複雑な器官を形成してゆく過程では、細胞がとりあえず過剰に生産され、
余分な細胞があとからアポトーシスによって除去される。
このように、不必要な細胞が死んでゆくことによって、個体の生命が維持されているのである。
(中略)つまり、生きることを支えているのは、死ぬことなのである。

(p.23)
生物の真似をやめて成功することもある
(中略)「車輪」という回転体は、生物にはありえないものである。
(回転すると、血管や神経がねじれてしまう。
 「腕を回す」というが。実際には回していない)。
(中略)飛行機への初期の試みがすべて取りをまねようとし、
そしてすべて失敗したのが興味深いところだ。
ライト兄弟の偉大な点は、鳥とのアナロジーを捨て去ったことにある。

(p.24)
しかし、人間は、自然に備わっていた「忘却」というメカニズムを、人為的に破壊した。
文字を発明して石や粘土に書き、さらには紙に書くことによって、
記憶を長期間保持することを可能としたからである。

(p.25)
「マーフィーの法則」の一つに、
「書類は保存している間は必要にならない。しかし、捨てた翌日に必要になる」
というものがある。これは誠に恐ろしい法則である。
実際にそうならなくても、そうなるのではないかという恐怖心から、捨てられない。

(p.26)
思い出が残っているものには、必要がなくても捨てられない
「センチメンタル・バリア」がある。

(p.26)
衣服、道具、食品などのモノについては、「必要か不要か」の判定は、比較的容易である。
(中略)
しかし、メモや資料は全く違う。
破れていても古くても、重要なものがある。
それを間違って捨ててしまうことによる損害は、きわめて大きい。

(p.27)
大掃除のかわりに引っ越す
戦後の日本でそれが変わったのは、借家法の制約で、借家の供給が減少してしまったからである。

(p.29)
学者の仕事部屋は、とくに乱雑だ。
エール大学における私の指導教授の研究室は、
論文や書籍が机の上からはみ出して、直接に床の上に置いてあった。
だから、入口のドアから教授の机までたどり着くのは、曲芸だった。

(p.29)
ここから導かれる結論は、「捨てるためのノウハウが必要」ということだ。

(p.30)
「捨てる」ことをテーマにした本を探した。
そうした本は何冊もあるのだが、役に立つものはない。
ただ「捨てよ」というだけで、そのためのノウハウを示してくれない。
「情報をどう集めるか」については、たくさんのノウハウ書がある。
(中略)「すてる」というのは、これまで有効なノウハウがなかった分野なのである。

(p.30)
衣服や家具などの整理と廃棄については、婦人雑誌などが一定期間おきに特集を繰り返している。
(中略)「整理特集号」の内容がいつも同じようなものになるのは、
そこに現れる記事があまり有用でないことの証拠でもあろう。

(p.31)
捨てる必要性がこれまで認識されなかったわけではない。
それどころか、「整理法」をテーマとする本には、必ずといってよいほど、
「いらない書類を捨てよ」と書いてある。
これは、まったくそのとおりだ。
しかし、いらない書類を選別する方法論を示すのでなければ、
これはトートロジー(同義語反復)にすぎない。あるいは、精神訓話だ。
世の中で「ノウハウ」と称していることには、この類のものが多い。
(中略)「思い切って捨てましょう」などと書いてある。冗談ではない。
捨てたものがあとから必要になったとき、誰が責任をとってくれるのか。
これは、「天佑を信じて突撃せよ」と同じような無責任指令である。
旧日本軍以来、この類のものが後を絶たないことに、怒りを禁じえない。
(中略)「どのような方法で捨てたらよいのか?」
「捨てるためのシステムは、どのようなものでなければならないのか?」
これが、本書のテーマである。

(p.33)
まず、対象がフロー(流れ)であることを明確に意識する必要がある。(中略)
必要とされるのは、膨大な量のフローを制御するダイナミック(動的)な方法である。
一定量のストック(蓄積)を管理するスタティック(静的)な対処法ではない。

(p.33)
部屋を整理するとき、「現在部屋の中にあるものを秩序立てる」ことで
終わるのではないだろうか?
「明日以降、新しいものが入ってくる。重要なのはそれを収納する仕組みを作ることだ」
という認識は、殆どない。

(p.44)
知的生産活動の中心は、マゼラン的な仕事である。
日々の作業は、非定型的なものの連続だ。
ある日にはデータを集めていたと思うと、次の日には計算作業をやっている。
そして、次の日には原稿を書く、といった具合だ。

(p.45)
また、現代社会では、多くの仕事がマニュアル遵守ではすまないようになっている。

(p.60)
従来の書類収納用具であるフォルダやキャビネットに入れるには、
分類しなければならない。
これには手間がかかる。だから、すぐには入れられない。

(p.62)
押し出しファイリングでは、別の封筒に同じタイトルをつけて収納すればよいのである。
これによって節約できる手間はわずかなものだが、日常の作業では重要なことだ。

(p.69)
検疫のことを、英語でカランティーンQuarantineという。
これは、ラテン語で「40」を意味する言葉である。
(フランス語を勉強した人は、40がQuaranteであることを思い出すだろう)。
(中略)それは、1377年にイタリアでペストの侵入を阻止するため、
エジプトから入港した船を40日間係留したことに由来する。
これだけの日数があれば保菌者は発病するから、未発病の保菌者が国内に侵入することを防げるわけだ。

(p.70)
押し出しファイリングでは、「とりあえず収納したもの」と「とりあえず捨てたもの」が、
一箇所に並んでいるのである。
左のほうにあるものは、「とりあえず収納したもの」だ。
これは、取り出しやすい場所にある。
つまり、押し出しファイリングの左側は受け入れバッファーである。
そして、右側が廃棄バッファーになっている。

(p.71)
「マゼラン的な仕事」(非定型的な仕事)は、「マニュアル遵守的な仕事」(定型的な仕事)に比べて、
次の諸点で異なる。
(1)新しいものがつぎつぎに現れる。最初は重要度を判定しにくい。
(2)試行錯誤や「やり直し」が必要とされる。
(3)「どこが最終段階なのか」、「いつ不要になったのか」がはっきりしない。
(4)扱う書類の形式も一定しない

(p.77)
私は、机の上が書類で散らかってきたら、
書類を「スミ封筒」に入れる作業を随時行っている。
(中略)ここで重要なのは、「必要ならあとで取り出せる」という安心感である。

(p.79)
しかし、私は、書類を捨てることに強い恐怖心を持っているので、
この段階では、まだ捨てない。
執念深く、箱に入れて保存しているのである。
(中略)この箱が「第二段階目の廃棄バッファー」である。
(中略)箱に入れたスミ封筒を取り出すという事態になったことは、これまで一度もない。(中略)
実質的に意味があることではない。ただし、重要なことがある。
それは、箱に入れることによって、
本棚から取り出す際の心理的な負担が軽くなっていることだ。
ここでも、「あまり深く考えないで」取り出しているのである。

(p.81)
つまり廃棄バッファーに保存する目的は、実は、捨てることなのである。
「使うために保存するのでなく、捨てるために保存する」のである。
(中略)「捨てなければならない」と思うと、捨てられなくなる。だから、捨てなくてよいことにする。
つまり、保存しておくのである。それによって、捨てるのが容易になる。

(p.100)
「捨てること」は、仕事の正規プロセスに入っていないことが多い。
「書類整理期間」が設けられているのはその証拠である。

(p.109)
新聞記事のオンラインデータベースは(中略)
ある程度以上の知名度のある人については、
人物データベースより詳しい人物情報が得られる。
また、あるキーワードが登場する頻度を数えると、
そのテーマに関する世の中の関心度の推移を知ることができる。

(p.108)
一般紙は(中略)きれいに切り抜く必要はまったくない。
私は、手で破り取っている(中略)
こうすると余計な部分も含まれるが、大きな問題ではない。

(p.113)
「本の整理は、絶望的だ」(中略)最大の理由は、「本は捨てられない」ことにある。
書類は仕事の途中で生まれる経過物であるが、本は成果物だ。
したがって、一般的にいえば、完成度が高い。

(p.126)
知的作業空間においてもっとも重要なものは、作業机である。(中略)
作業机に求められる条件は、二つある。
第一は、大きいこと。
第二は、引き出しがないことだ。

(p.128)
なお、机は壁を向いて置くのではなく、窓を左にし(右利きの人の場合)、
本棚を背にした位置に置く必要がある。

(p.136)
書斎の壁が書棚になっており、そばにロッキングチェアが置いてあるとよい。
こうした部屋で、気ままに書棚から本を取り出して読むのは、
多分、人生最高の悦楽であろう。

(p.142)
世の中から1時間だけ先を進みたいと願っているからです。
一年先を進んでも誰も認めてくれない。むしろ問題を起こすこともある。
しかし、1時間であっても先を進むのは難しいことですね。


0006 都市の水辺をデザインする

ハードディスクのデータを整理していたら、2007年のフォルダに、
読書記録まがいのファイルがありました。
こいつに少し手を加えて、今日の記録にしましょう。

4年前、「都市の水辺をデザインする」(篠原修編、彰国社刊)を
連休の友(供?)にしたようです。

以下は、当時の感想…



この本は、篠原修、岡田一天、小野寺康、佐々木政雄、
南雲勝志、福井恒明、矢野和之の7人のエンジニア
(自身をエンジニアとは思っていないようにも思えますが…)の共著です。

第2章では、門司港レトロ事業、浦安・境川、桑名・住吉入江、
野蒜水門、油津・堀川運河、万代橋照明復元の
6つのプロジェクトの取り組みが紹介されます。

時系列に、それぞれのプロジェクトについて
複数のエンジニアの異なる視点から語られており、
プロジェクト運営、人間関係、デザインの進化が見て取れます。

どのページも、建設コンサルタントに携わる
心あるエンジニアの心を震わせるのに十分な力があります。

そして、6つのプロジェクトに共通していたのは、
行政担当者の熱意と理解にあったように感じました。

実際、著者の中には、行政が発注する構造物の標準設計に異を唱え、
設計業務が完了したあとになっても工事現場にまで口出しする方もあったようで、
そんな設計者(業者)との付き合いは、発注サイドの行政マンからすれば、
うんざりするものがあったにちがいないと思います。

また、そう思われているとわかっていながら、
忍耐強く、“その場に最も大切なこと”を探求し続ける
エンジニアチームの姿勢にも感銘を受けました。
(実際、エンジニアサイドとしても、発注者に迎合する方がストレスは小さいと思うのです。
 失うものも大きいと思いますが…)

そうして、発注者とエンジニアが理解し合える「真実の瞬間」が訪れるまで、
途中で投げ出さない真摯な姿勢を大切にしなければいけない…

と、当時のわたくしは考えたようです。
そして、ご理解いただけるように願い続ける力が必要だとも。


第3章には、建設コンサルタントの特殊性が説明されるくだりがありました。
---------
建設コンサルタントは、基本的に「標準設計」という定まった方程式に
入力して結果を出す仕事を、行政に代わりにやる職能であること。


だから「設計補助」と呼ばれることがあること。
オリジナリティのない標準設計なのだから、当然ながら著作権がないこと。


そして、自らの設計に基づく工事について現場で意図を伝える「権限」はなく、
工事現場に出かけることに関して、受託した会社はコスト面でメリットがない
ばかりでなく損失を生じてしまうこと。


こうした背景から、都市デザイン、ランドスケープアーキテクトという
職業分野に魅力を感じた人がいたとしても
「建設コンサルタント会社」は必ずしもその未来を保証しないこと。

---------

上記に列挙した現状に身を置くとしても
“空間ヴィジョンを打ち出し具現化する”ことに関してコラボレーションに可能性がある。
と、著者の一人・小野寺康氏は指摘しています。

また、空間ヴィジョンを構築して実現するためには、
機能性、合理性、経済性、快適性、美意識、歴史風土、地域文化、環境問題など
多くの課題を総合的に勘案して一つの空間に結実させる能力が必要とも。

一人のエンジニアとしては、
コラボレーションのなかで持ち堪えられるだけの資質を獲得し、さらに維持するためには、
精進精進そして精進であろうと腹をくくるしかありません。

さらに南雲勝志氏は、コラボレーションについて、
「力を合わせるではなく、補完しあうという言葉のほうがしっくりとくるかもしれない。」
と、言及します。
自分は、何かを補完できるだけの資質を持っているのか…
当時のわたしは非常な不安を覚えたようであり、今のわたくしも、そのことに関して、
当時と大差がありあせん。

「何かを補完できるだけの資質」は、
“お声がかかる”かどうかで評価され、成果によってまた評価されることになるという、
あまりにわかりやすい物差しがあることに怖れも感じたものです。

あとがきでは、

戦後土木は、オリジナリティと創造性を放棄し、
デザインという、文化構築力を持つダイナミックな方法論を失ってしまった。

と指摘されます。文化構築力を持つダイナミックな方法論を今いちど探しに
連休が明けたので、また、小さな取り組みに復帰します。

と結ばれていました。

2011年6月 5日 (日)

0005 企業参謀

どなたか、経営者の方だったと思うのですが、
大前研一さんの「企業参謀」に大変感銘を受け、
座右の書しているとお書きになっておられたのか、
「企業参謀」を読まずして、経営などあり得ないとお書きになっておられたのか、

(どなただったのか、どこで読んだのか、どういう言い回しであったのか
 そういういことが思い出せないことが多く
 わたしにとっては、それがたいへんなフラストレーションになっているのです。
 直感に響いたところを抜書きしようという、いわば最後の手段に至ったのは
 そのフラストレーションからの逃避の道なのです)

なにしろ、そんなようなことがあって、大書店の文庫の棚をのぞいてみたところ
この書が鎮座していたので、すぐに買い求めたのでした。



この本では、大前研一氏が考える「戦略的思考」の方法が概説されます。

立ち読みのときにチラリと内容が目に入る程度のことですから、
実際どういう内容のことが記されているのかはまったく知らないのですけれど、
「ロジカルシンキング」だとか「見える化」といった
よく書店のビジネス書群に見かけるテーマの多くは、
この「企業参謀」をルーツにしているものが相当数あるのでしょう。

自分の取り組みが浅い分野の書籍から抜書きをしていくと、
(ある人は、アンダーラインやマーカーでなぞったりするのでしょうけれど)
たいがい、概念的な部分がその対象となって、
具体的な部分や数字による表現については、
なかなかその意味するところが理解できないものです。

私にとって“企業参謀の戦略的思考”は、そういう種類のもののようで、
抜書きを並べてみると概念的な部分が目につき、
それゆえ、それらの抜き書きを昨今の自分の取り組みに対する正当化のように、
引用したくなってしまうようです。

著者がたびたび指摘するように、
戦略的思考には既製服はないのであって、解はすべて個別なのだとすれば、
その道筋が一般化・標準化されてフローになっていることは、
書籍としては十分な具体性を持っていると受け止めるべきでしょう。

今は、自分自身がもう少し成長してから、ぜひもう一度読み直したい思いです。
そのとき、どういう抜き書きが現れ、どういう感想を持ち、
今日のわたしに対してどのような形の共感を持つのか、
自分自身に対しても興味があります。


冒頭、旅行商品のパッケージの事例を筆頭にいくつかの事例が紹介されたのち、
(ここで、大前研一氏に観光ガイドの経験があることを初めて知り、
 親近感に拍車がかかります。)
著者が「戦略的思考」と考える方法論が示されます。

「戦略的」と私が考えている思考の根底にあるのは、
一見混然一体となっていたり、
常識というパッケージに包まれてしまっていたりする事象を分析し、
ものの本質に基づいてバラバラにしたうえで、
それぞれの持つ意味合いを自分にとって
もっとも有利となるように組み立てたうえで、
攻勢に転じるやり方である。
(p.18)


まさに、今の私は「攻勢に転じたい」と思っているのだ… ということに気づかされ、
あっという間に引き込まれます。

そして、相当の経験を積んだ百戦錬磨の士が
まだ若い後輩たちに送るメッセージと錯覚するような内容でありながら
この書が世に出たのは1975年、著者が32歳の時だというのだから驚きます。

本文では数々の問題解決の技術論が示されたあとで、KFSの存在が明かされるのです。

〔戒2〕において完全主義を捨てることのできた方々には、
次に、ふたたび完全かつ徹底した仕事をやるように勧めたい。
物事には、その結果に影響を与える主要因というのが必ずいくつか存在する。
これらをうまく管理あるいは応用すれば戦略が成功するというので、
戦略的思考家の間ではKFS(Key Factors for Success)と呼んでいる。
(p.192)


戦略的思考家とは、みずからの担当する職務(役職、業種、業務)において、
つねにKFSがなんであるかという認識を忘れない人のことであろう。
そして、彼は全面戦争ではなく、
KFSに対する限定戦争に“徹底的”に挑むのである。
(p.193)


ここで言う「全面戦争」とは、私たちの日常で言えば「苦労のしすぎ」。
苦労のしすぎは、時間と費用の浪費です。
わたし自身も少なからぬ労力を投入している、「苦労のしすぎ」ルーチンという
全面戦争から脱却する具体的手順とそのKFSが全篇を通じて示されています。


企業における戦略的思考の章では、その段階ごとに方法が概観されます。

ステップ1=市場性の動的把握。
第一ステップで重要となるのは、市場のサイズと成長性を知ること
(p.131)


このことは、わたし自身についてみるならば、たいへん恥ずべきことであり、
これまでにも先輩経営者からしばしば指摘され、
そして是正されていない事柄のひとつであることを自白しなければなりません。

われわれのような着地の「観光コンシェルジュ」の市場のサイズと成長性について、
細かい数字を持っていない自分に驚かされます。

そして、どこまでいけるのか、がんばれるところまでがんばってみよう…
というような見切り発車的発想が少なからず自分の中にあることに
今さらながらゾッとします。

そうなっているのには、時間的、人的制約などの事情があり、
私たちの通ってきた道やタイミングでなければ、
そして今までかかわりを持ってくれたメンバーでなければ、
私たちの事業が立ち上がってくることすらできなかったでしょうし
せっかくのチャンスをみすみす逃すことになったでしょう。

しかし、今までの経験を持ってするならば、
もっと近い道が、そしてもっと効果的な施策があったことを思い知るわけですし、
もっと周到で的を得た準備があったことに性急さを隠しきれないのです。

その途上で、市場サイズ、成長性といった事柄を
数値表現される機会がなぜなかったのか。

われわれがこの事業を始めるときによりどころとしたと言えば、
せいぜい各種白書の総括的な指摘くらいでした。

地域ビジネスとしての自覚の欠如を今からでも補わなければなりません。


しかし、なぜそうなってしまったのだろうかということに、
著者はしめくくりとしてひとつの示唆を用意していてくれました。

集団無責任制にとり替わる方策が見出されなくてはならない。
これはとりもなおさず、個人またはごく少数の人間が、
その個々の責任において物事を考え、立案し、実行していくやり方にほかならない。
困難な大山を登るには、周到かつ具体的計画と
それを具現する意志の力がなくてはならない。
こうした当たり前のようなことを、わたしはここ数年考え続けてきた。
(p.216)


そうだ。当たり前のようなことなのだ。
そして、当たり前のことは、意外と実行されていないものです。



こうした現実は、なにも私たちに限ったことではなく、
今日まで日本がたどってきの「観光立国」実現へ向けた道筋からも、
下記の指摘がされることは至極当然です。

私は、国のレベルでも企業と同じように、
戦略的問題解決者たちのグループが必要だと思う。
(p.146)


のちに国政に挑戦された著者の志が
相当早い段階から内在されていたことを知らされるとともに、
このことは、地域の観光政策について、まったく同様の課題があることに気づかされます。

地方の行政機関には、観光分野での実務経験を有する人や
観光政策立案のプロはほとんど存在しません。

そして、余談ですが、観光を専門とするコンサルタントは、おそらく世界的にも
東京に1法人が存在するばかりだと聞きます。

「観光立国」を目指す国ではありますけれども、
地方において観光分野の「戦略的問題解決者のグループ」など、
みるべくもないのが現状なのでしょう。

観光産業にたずさわる者が一丸となって
戦略的に課題に取り組んでいくのでなければ、
とても「観光立国」の実現には至らないということを
わたしはわたしの立場と力量において自覚しなければならないことを知らされます。


力不足の者が現場で汗を流すのは、
これがまた時間と費用の浪費要員なのかもしれませんけれども、
少なくとも汗をかいている… という自意識から、
以下の記述には強い共感を覚えたものです(著者が心外でなければいいのですが…)。

主語を入れたとたんに発生する問題の数は多く、また複雑である。
しかも、内情をよく知り、内部経済を徹底的に分析し、
市場における競合状態と競合の性格をよく理解しなくては解が求められない。
また解を実施したときには、結果が予想通りいくかどうか、
ということに対する直接の責任が、
この仕事を担当した人の上にふりかかってくる。
シンクタンクはこうした実践用には不向きである。
(p.211)


こうしてみると、企業や大きな公共機関にとって、
きわめて重要な問題解決のためのグループは、
シンクタンクでは主語がなく、
内部の者の寄せ集めでは動詞がない、という二律背反につきあたる。
(p.212)



なぜ強い共感を覚えたのかといえば、
いわゆる「地域」が課題として内包しているのは、上記のような状況であること、
そして、即座に最近の出来事を思い出したからなのです。

今、わたしは、温泉街で
観光ガイドと着地型旅行の造成・販売を進める事業に取り組んでいます。

即座に思い出した最近の出来事とは、私たちの提供するサービスを指して、
国の機関がアドバイザーとして重用している人物が、
「価格設定が安すぎる」と嘲笑気味に言い放たれたこと。
(しかもしつこかった… 
 というか、私たちに対する共感が全く感じられないことに対して、
 わたし自身が不快だっただけかもしれませんが)
カチンときてしまったのです。

一般論として、われわれの提供しているサービスの価格が安すぎることなど、
重々承知なのです。

しかし、わたしのいる温泉街にはここ特有の風土や顧客があります。
アドバイザーが想定しているであろう価格帯ですでに私たちもトライし、
顧客にも、近隣の事業者にも全く受け入れてもらえないという経験をしているのです。

一般論として、顧客のターゲティングを行い、地域特有の資源を活用して、
地域特有の歴史や文化に根ざした日常の過ごし方を提供する、
こういうことを地域をあげて進めることが顧客を飽きさせないことであり、
そうした商品は高単価で販売できるのだという主張は、よくわかります。

もちろん、私たちはそういうものを提供したいと考えて、何年も前から取り組み
やっと目標を共有できる輪が広がり始め、成果を見始めているところなのです。

たいがい、アドバイザーの言うことは、総論としては大間違いではないのでしょう。
そして、政策に合っていても市場には受け入れられないときもあるのかもしれません。
また、アドバイザーのホームグラウンドでうまくいったことでも、
わたしたちの温泉街では、うまくいかないこともあるかもしれません。

一般論に「私たちの温泉街では…」という主語が入れば、
外から見れば、あまりにつまらない、そして、地域にとってはあまりにも深刻な制約条件が
実際の障害として山積しているものです。

アドバイザー氏がわたし達の温泉街で取り組みを始めるのであれば
まずもって、わたし自身がアドバイザーにとっての障害物になるはず。

そして、障害物の中でも、私などとるに足らないものだったことに
すぐに気が付かれるでしょう。

アドバイザー氏が、どうして政府にかくも高い評価を得ているのか、
わたしには全くわかりませんが、
氏がこれまで評判の良い成果を残したところには、もともと地域に
じゅうぶんな力量やチームワーク、あるいはリーダーシップがあったのか、
あるいは、本書が次のように指摘する無精な地域が
地域独自かあるいはアドバイザー氏自身の上手な宣伝力で、
彼の評判を高めたのでしょう。

表面的に形態を真似してみても、効果が表れない。
しつこく、とことんまで同化させてしまえばじつはうまくいくのだが
もともと無精なるがゆえに、外来もので応急処置をしようとしたところに、
うまくいかないからとて大量のマンパワーや追加投資をするのは気恥ずかして、
結局中途半端となる。
このために十分な成果が出ないのであろう。
(p.75)



ところで、シンクタンクの仕事(レポート)は、きれいにできているな… と、
わたしは普段から思っています。

そして、どうひいき目に考えても、
自分にはあれほどスマートな仕事ができないだろうとも思っているのです。

ただ、上記本文の指摘からは、自分はヘボい戦車でありながらも、
実践の現場を与えられているのだということについて、
この書は教え励ましてくれているのではないか… そう都合良く解釈させていただき
「徹底的に執拗に最後までやれ」と
若き日の大前研一さんが背中を押してくださっていると、
わたしたちの温泉街での仕事をあきらめない決意を今一度新たにするのでした。


なかでも、喫緊の取り組みへの良き助言ではないかと思われたのが、下記。

企業家の努力の成功度合いを測る尺度としての
収益性(投下資本利益率=ROI)が市場でどのような挙動をするか(中略)
 (2)シェアに最も敏感なコスト項目は、総売上高に対する購入品費
    (日本でいう外注、下請け、部品購入費などの総計)で
    両者は相反する傾向を示す。
    この理由のひとつは、
    シェアが大きいほど内作業が高い場合が多い、ということである。
 (3)広宣費、その他の販売費は、売上高に比例して増えない


こういったことは、
長年経営の経験を積んできた人々には当たり前のことなのでしょうけれども、
私にとっては、「目から鱗が落ちる」感覚なのです。

特に広宣費については、効果を上げることができるある水準に達してしまえば、
あとは、売上高のほうだけが上がっていくという分界点のようなところがあるのでしょう。

分界点までは、少々重たくても頑張ったほうがいい。
そしてそこを超えたら慎重に効果とのバランスを調整する必要がありそうです。



さて、話はかわりますが、私は仕事上、コンサルタントの立場であることもあれば
クライアントの立場であることもあります。
その、コンサルタントとしてのスタンスに良きアドバイスと感じられた心得がありました。

代替案を探るときには、「What,if…という設問のしかたをするのが普通である。
すなわち
「もし、状況がこうなったらどのように考え(あるいは行動、反応し)たらよいか?」
ということである。
ところがわれわれは考えることに対して無精であったり、考えが及ばなかったりで、
なかなか「what,if…?」という考え方をしない。
これは、物の考え方そのものに対する自信のなさに起因しているので、
社会的背景によるものではないが、日本人が、とくにこの「Whata,if…?」が不得手
(p.XXX)


どういうわけかクライアントになった時に、
前提条件の設定をクライアントである私に求められることがあるのです。

そんなときには、上記の「もし、状況がこうなったら…」の判断を
コンサルタントがクライアントに押し付けているように感じるのです。

そんな判断ができるのであれば、問題の半分はすでに解決しているような気がしますし、
そこまでいけば、コンサルタントの力を借りなくても最後まで行けてしまうかもしれない。

コンサルタントを名乗るにあたって、この点は心すべきなのでしょう。



そして、コンサルタントとしての著者は質問上手のよう。
質問の仕方にかかわる洞察がところどころに現れるのです。

コンサルティングをしていて、新しい業種に入ったときにはかならず、
「この業界で成功する秘訣はなんですか?」ということを
担当の専門家に聞くことにしている。
もちろん即答できる人はまれだから、いろいろな角度から質問をしてこれを探り、
できるだけはやくKFSについての“見こみ”をたてる。
これを普通「仮説(ハイポシス)」と呼んでいるが、
まったく空をつかむようにして立てた仮設ならともかく、
その道にくわしい人にいろいろ質問をしながら、仮説を立てていくと、
意外に短期間で収束するものである。
(p.194)


あれほどの有名人でありながら、教えてもらい上手なのか、
この人になら話しても大丈夫だと感じさせるのか、
著者のロジックのわかりやすさ、周到さばかりではなく、
何かそういう人としての奥深さを感じさせられるのでした。


最後にちょっと余談を…

シャーマニズムの血筋を引くわが神道の影響である。(中略)
とくに言霊とか心霊といったものを重視し、
悪いことをなるべく考えまい、言うまい、とするようになってしまった。
つまり「What,if…?」という発想を
「考えるだけでも恐ろしいような悪いことが心に宿ると、
 それが本当に起こってしまうのではないか…」
という恐怖心から、なるべく避けて通るような“くせ”がついたのではないか。
(p.190)


ということについて…
わたしはこう考えているのです。

起こってしまっては困ることの心配は、とりあえずしておくことにしています。

起こってしまっては困る… と怯えてしまうと、
マーフィーの法則よろしく、それは実際起こるのですけれど、

起こってしまっては困る… ことが起きたときの手の打ち方まで考えておくのです。

これは、私にとっては呪いのようなもので、
起こりもしないことを心配しておくと、そんな心配や対策は徒労に終わるのです。
しかし、心配と対策をしないと、なぜかその悪いことは、起こってしまう。




-----では、私の反応したくだりリストを以下に----


冷徹な分析と人間の経験や勘、思考力を、もっとも有効に組み合わせた思考形態こそ、
どのような新しい困難な事態に面しても、人間の力で可能なベストの解答を出して
突破してゆく方法であると思う。(中略)
戦場であれ市場であれ、かつて人の遭遇したことのない
試練を乗り切る戦略を生み出す最善の方法
(p.18)


全員参加の解法は、日本的経営の神髄ともいわれているもので、
効き目が皆無であるとは私も思っていない。
ただ同じ努力をするのなら“うるおい”のある解法を知って、
それを目ざしたほうが、精神的にも、見返り的にもよいのではないか(中略)
私にはこれらが本質的な解決策になっているという安堵感がまったくない。
(p.23)


マーケットの状況を読んで、
自ら進んでシェアを放棄した現代経営科学の見本のような会社がある。
シェア32%を誇った軽自動車業界からN360の撤退を決めた本田技研である。
縮小するマーケットの中で、十分な利益とボリュームを確保することは至難のわざである。
それを多くの会社が現実に苦杯をなめるまで足を踏み込んでしまうのは
「過去の栄光」に対する人情的未練である。
これを振り切る経営者の先手必勝の意気はまことに立派というほかない。(中略)
売上が伸びないから、といって、「売上増のアイデア募集」などやるのは
正鵠を得ていない。
(p.27)


漠然とした改善案を拾うような設問ではなく、
解決策につながるような設問のしかたをつねに発せるように訓練し、
心がけておくことが大切である。
(p.XXX)


ブレーンストーミングでも、オピニオンポルでも(中略)
例の同類項をくくる誰でも知っている初等数学の要領で、グルーピングを行う。
そのうえで、もう一度グループとしてまとめてみた場合に、
共通としていえる問題とは何か(中略)
このプロセスを抽象化のプロセスと呼んでもよい。(中略)
業務内容改善計画やプロジェクト活動というものは、
えてしてこの抽象化のプロセスを踏んでいない。
したがって、解決策と問題点が短絡してしまっているのである。
(p.31)


(p.32)図7 写真


(p.38)図9 写真


“手法”に走る前に、常識と頭脳を信頼して、境界域をも恐れることなく分析する
(p.41)


ひとつの企業というのは、有機的な生き物であり、
どこかに疾病がある場合には、成長のエネルギー源としての利益
(あるいは将来の利益ポテンシャル)に影が見えるはずである。当然のことながら、
製品の利益というものは、わずか三つの変数で決まってしまうのである。
 ●売価(P)
 ●コスト(C)
 ●販売量(V)
利益¥=(P-C)V
(p.42)


マーケティングの強い会社では、
ここに示したような分析をルーティンワークで行えるよう、
一定間隔で情報収集をやっているものである。
逆にマーケティングのあまり得意でないところでは(中略)
分析のための情報収集を断片的に、思い出したようにやっている。(中略)
断片的な分析や知識では正しい経営戦略というものは出てこない。
万一当たる場合があっても、それは勘とか運とかいうものに属する成功例で、
“必勝”を期す戦略的思考家のものではない。
(p.46)


現代の巨大企業の(収益性における)勝負は
まさに会計・経理担当者の手腕にかかっている。
(p.48)


旧式の会計術が、物理学でいう「質量不変の法則」にその原点を置いているのに比して、
経営戦略用の会計では、企業という組織に固有な入力と出力との間の“増幅率”に
その焦点を当てている。
ここでいう増幅率というのは、とりもなおさず“利益率”のことである。(中略)
相対値として、経営体そのものの持つ転換率を高めることに
経営努力が払われやすいような会計・経理システムを念頭に置いている。
(p.49)


一般管理費に問題があることが明らかな場合には、
マッキンゼー社のニューヨーク事務所にいるジョン・ニューマンによって系統づけられた
OVA法(Overhead Value Analysis)というアプローチを用いて解決することができる。
この方法では、
まず一般管理費の使い方を左右できるかなり高レベルのマネージャー(約30名くらい)に、
自分の部下の時間、経費の使い方の明細を提出させ、
「万一これを40%カットすると仮定するなら、どんな方法があるか」を述べさせる。
次にマネージャーたちが述べた方法を、
中央のチームが関連部門にその妥当性を検討させたり、
反論を述べさせたりして、企業内で意志の統一を計っていく、というものである。(中略)
従来のように対話を含まない一般管理費削減の方法よりは、
ずっと抵抗の少ない、コンセンサスに基づいた人間的な経費削減ができる、と
好評である。
(p.46)


トップマネジメントのコンサルティングをしていて、いちばん当惑するのは、
既製服はなくすべて注文服になりますよ、と言ったときに、
相手が逆に当惑するシーンに出くわすことである。(中略)
もっとも理想的なのは、
「おたくはほかの多くのところをやってきて十分な成果を上げたと聞くし、
うちもこれこれしかじかの問題を抱えているので、
うちの連中と一丸となってやってみてくれませんか?」
と頼まれるときだろう。
(p.75)


企業のトップマネジメントが、何らかの作戦をたてて影響が出るのは、
明日、明後日ではない。
短期的なことは、現場の指揮官に判断を任せるよりほかない。
細部に至るまで、会社の中枢に情報を送り込んで指揮を仰がれたのでは、
中枢神経はマヒしてしまうだろう。
(p.77)


「中期」と呼んでいるのは、だいたい3年ぐらいを中心とした前後1、2年である。
この期間こそ、戦略のよしあしによって業績が最も大きく“左右されうる”期間なのである。
(p.78)


会社のトップは、会社の操縦者でなくてはならない。(中略)
トップの多くはミドルとの間の仕事の分担、やり方というものについて、
相互によく吟味されたプロセス(約束ごと)を確立していない。
これがため、あるトップは遠大な計画や空想に多くの時間を費やし、
また、あるトップは日常茶飯事のことまでいろいろ口出しをする、
という二極分化が起こってしまうのであろう。
もしトップの主勢力は、中期計画の立案と遂行に向けられるべし
という暗黙の了解があり、日常業務のことはラインマネジャーにできるだけ権限を委譲し、
かつ、遠い将来のことは上から下まで全員で、夏季休暇中に浜辺でゴロ寝をしているときにでも考える
(p.78)


ステップ1=目標値の設定(中略)
空想的願望でなく、外的客観条件に照らして「現実的」と思われる願望を設定すること。
またのちの評価のために、この願望を「定量化」すること。
この二点であろう。
(p.81)


ステップ2=基本ケースの確立
真の問題解決者なら、需要量の説明変数は物理的に、ミクロに、
なにかかかわりあいを持ったものを選び出すであろう。
ある種の建設機械は、住宅着工戸数と密接に関係し、
都市土木機械はまた建て替え戸数に比例している、という予想がつくであろう。
(p.82)


ステップ3=原価低減ケースの算定(中略)
経営者の真髄は、潮の流れ、成り行きまかせ、と思われていた基本ケースから、
どのくらい経営努力によって変革できるか(中略)
ここはあくまでフィードバックし、目標不達成の原因分析と
早急な対策が練られる手段を内蔵していなくてはならない。


ステップ4=市場・販売改善ケースの算定(中略)
利益というものはマージンと個数の積であるというあったりまえのことに戻れば(中略)
市場における努 力とコスト低減の努力が重畳して、
初めて真に大きな改善というものが全体として造成されるのである。
(p.88)


2万人を解雇する方法を見つけようとする前に、
2万人を食わしていける方法を見出そうという発想は
実に日本的戦略的ギャップのとらえ方で、
きわめて高く評価されるべき経営姿勢であろう。
(P.90)


ステップ6=戦略的代替案の摘出(中略)
(1)新規事業への参入…多角化
(2)新市場への転出…海外市場など
(3)上方、下方または双方へのインテグレーション(垂直統合)
  …石油精製から上方へ行けば、輸送、採掘などがあり、
   下方へ行けば、有機合成化学、ガソリンスタンド業などがある。
(4)合併、吸収(中略)
(5)業務提携…販売網の共有化、部品の共同購入、技術提携など
(6)事業分離…別会社設立による専業化による効率経営など
(7)撤退、縮小、売却
(p.91)


小事業部などからバラバラに出てきたものをたんに寄せ集めて、
会社の中期経営計画としたのではだめである。
むしろ、この次元では、既存の事業部間の障壁を取り除いた状態で、
当該企業に与えられた真のチャンスをとらえる方法を編み出してゆなくてはならない。
(p.93)


実際に効果が出るのはこのような時間軸(2~4年)であっても、
全員に方向性を与え、ベクトルをそろえ、やる気を起こさせる、という点では速効性がある。
私は日本の会社において、特にこの中期戦略が特に有効であることを実感している。
(p.94)


私は経済学者ではないので、(無責任にも)景気の変動について
このように経験的、直感的なものの言い方をしてしまったが、
要は低成長が基本的に持続すること、景気の好、不況が
戦後の成長期よりも大きな振幅を持って周期的に訪れるだろう、
ということを言いたかったのである。
(p.103)


「1丁やろうじゃないか」という号令のもとで設備投資を危険なほどやり、
日本中のシェアを独り占めしても余りあるほどの装置を買い込んでおきながら、
販売政策の方は、これとまったくうらはらに投資を惜しんで販売会社に一任したり、
また、出だしが遅いという理由で、市場セグメントの多様化を試みない、
といったチグハグなやり方によくお目にかかる。(中略)
首尾一貫した号令が同時にかからなくては真の効果が出てこない。(中略)
師団長が突撃と言っているのに、中隊長が休憩を命じているようなものである。
(P.117)


企業の生死を決めるのは、(たとえ薄給の雇われの身であろうと)
事業計画を立案するミドルからトップにかけての人々であることを強調したい。
(p.117)


金がないから需要がなくなるのではなく、
買う必要もなく、買う気にもならないから自然に需要が減退する、
という現象になる。
(p.147)


産業構造の長期ビジョンを討議するときに、私がもっとも当惑するのは、そのカッコ良さである。(中略)
要するに見上げた産業スペクトルの変遷を描くからだ。(中略)
実行計画書にぜひとも加えなくてはならないのは、切り捨てられる側の対処策であり、
切り上げと切り捨ての間のバランスなのである。
(p.151)


ベンダサンが指摘した農耕民族のなだれ現象が
「漁業の民」にも完全に受け継がれていることを示していて興味深い。
(p.157)


当時の日本の光藤俊雄駐ニュージーランド大使は、
この事件がエスカレートするのに気をもみ、本国に窮状を訴える。(中略)
ところが水産庁の返事が冷たい。
「公海上で漁をするのに、なぜそんな指図を受けるのだ」(中略)
いわく、「われわれの水産資源を日本漁船から守れ」
(p.158)


ひとつだけ注意しなくてはならないのは、
問題をひとつずつ料理するというやり方をとらないことである。
(中略)優れた戦略家は答えにある程度の予想をつけ、
それを立証、あるいは反証できるような具合にアプローチを組むはずである。
(p.161)


分析の段階では、ほかにもこうした「常識的なことがらや数字」を
識者との面談によって精度を増していく必要のあることが多い。
(p.166)


上図に描いたようなポートフォリオ管理は、急成長志向に応えるものであり(中略)
会社の売り上げはいやがうえにも増大する。
しかしながら、現金収支の点からは、
これはまさに雇われ重役泣かせの(いったん現金収支が急激に悪化したのち回復する)
V字カーブを示すのである。
しかし、時がたつとともに、この戦略による見返りはバラ色となり、
長い目で見ればすべて「めでたし、めでたし」ということになるだろう。
一方、(中略)資金を事業から早急に吸い上げたり、
収益性を何かの理由で
売り上げ増よりも重視することを目的とした場合の戦略で(中略)は、
製品ポートフォリオは極端に収穫型となり、シェアを放棄しても収入をとる。
こういうことをすれば、売り上げは頭打ちから減衰に向かい、
現金収入も一時的にはピークを見るが、その後は急速に悪化し、
何らかの手を打たなければ今度は赤字経営の脅威にさらされる。
実際に採用される戦略は自社のニーズに応じて、この中間の、
もっともバランスの良いところに求めなくてはならない。
(p.121)


GE=戦略事業ユニットへの展開(中略)
43のSBU(戦略事業ユニット)(中略)は、
PDMによりきわめて強力に本社の機能グループとつながっており、
それぞれが与えられた小戦略に基づいて走っている。
各SBU部長の査定も、従来のように、
売上とか収益を上げればほめられるというのではなく、
極端な場合には(事業平面左下の製品グループを受け持った場合には)、
どのくらい計画に忠実に事業を縮小していっているかによって報酬が決まるのである。
(p121)


実際にこれらを消化する場合には、
強力なエキスパートの助力が必要なのもこのへんにその事情がある。
一見論理的でおもしろく、新規性もあるというだけの理由で、
これを社長室とか企画部といわれる本社機構の知的遊戯に終始させないことが
肝要である。
(p.XXX)


俗にマーケティングといえば、売ることに関係した総括的な技術をさしているようである。
(p.126)


事業として見たときには、
その製品の持つ最大限の市場ポテンシャルを吸い尽くすよう努力するのが
事業化の目的であろうし、また逆に市場との結びつきの強い事業
(たとえば土木業)などにあっては、
その強い結びつきを最大限己の益のために(商道徳をわきまえつつ)適用するための
製品を提供することが事業(ビジネス)というものであろう。
(p.XXX)


この市場は小さいという理由で新市場を求めて、
一般大衆家庭を対象に市場戦略を展開する。(中略)
投資額はかなりのものになることを覚悟しないといけない。
このようにしても、必ずしも投資が成功するという保証はなく、
中程度のリスクは十分考慮に入れておく必要がある。
一般に、みずから開けていったような市場というのはごくまれと考えたほうがよく、
新市場の開拓には金とリスクが伴うのがふつうである。
(p.128)


製品・市場戦略の策定には、七つのステップを踏むのが賢明であろう。


明日の朝、担当マネジャーが何をしたらよいかまで消化して書かなければ、
何事も起こらないのが普通である。
(p.144)


製品・市場戦略とは、このように実に分析的な仕事である。
こうした分析が日ごろからできるよう、
販売報告や、他社の販売状況についての分析書を完備する必要がある。
(p.144)


最初のうちは、われわれのようにこの戦略立案を、
何度も異なった製品系列について戦火をくぐってきた経験者と行うのが、
時間から見ても費用から見ても効率的である。
社内に、ひとたびエキスパートの一群をつくってしまえば、
あとは他の製品系列に波及させたり、事業部全体に適応させたりすることは
あまり難しいことではない。
(p.144)


ドラッカーは難しいことを言って人をケムに巻くのがうまいが、
彼の話にはよく神の宣託的な表現でKFSが出てくる。
(p.197)


世の中には、煮詰まっていない問題が山積しているからである。
(p.197)


戦略立案において、まず第一に「あれもダメ、これもダメ…」と考え、
次に「じゃあ残るのはなんだ?」という考え方をしたら、
まず現状打破はできない。
(p.198)


「今なにもできない、と思うに至った制約事項とは、なにとなにですか?」
(中略)「これらの制約条件がいっさいないとしたら、どんな可能性が出てきますか?」
(中略)と持ちかける。
すると「まあ望ましい解決策としては…」とか「理想的には…」という形で
これらのものが描き出される。(中略)
制約条件となっていたことが、理想を達成するための障害物として把握される。
そうなると、
今度は障害物をどのようにして除けばよいかということを集中的に考えられるし、
組織の中で、障害物が共通の認識事項となった場合には、
ベクトル合わせが可能になる。
(p.199)


問題(プロブレム)というものは、人間の指紋と同じように、
環境、歴史、方針などによって唯一無二という独自性を持っている。
だから、規制の解答というものはありうべくもない。
しかし、問題に立ち向かうときのこちら側の姿勢については妙薬がある。(中略)
「なにができないか?」と考える代わりに「なにができるか?」と
最初に考えることなのである。
そして、その「できる」ことを「できなく」している制約条件を
ひとつずつ執拗にはぎとる戦略を考えていくのである。
(p.200)


たとえば、毎日の新聞を読むのをやめて週刊あるいは月刊誌に切りかえ、
知識が断片的に入ってくるのを防いだり、
人々が疑問を持たずに「しょうがにあこと」として受けとめていることを
毎週ひとつずつ取り上げて、自分ならどのようにして「しようがある」ようにするかという
策(すなわち概念)を展開してみる癖をつける。
といった対処の仕方を試みるのである。
(p.XXX)


トップの戦略グループは、固定しないのがよいだろう。
重要な戦略立案のときには、ラインや他のスタッフ部門からかなりの人材を引き抜き、
平時にはまた散らす、というやり方である。
(p.208)


私自身は、分類項目のない変な業種にたずさわる人間としての悲哀を味わいつつも、
この仕事を日本で行っていくことに、大いなる意義を見出している。
内部の人々の経験と知識に、
外部の人間の客観性、中立性、分析力、集中力、実践力が加わる。
これに結果を見届けるまでしつこくねばるという精神が
内、外を問わず仕事に携わる全員に浸透すれば、百戦危うからずである。
閉鎖的といわれる日本の会社でも、いったん中に入って、
メンバーの一員として仕事を始めてしまえば、欧米と差がないように思う。
(p.213)




2011年6月 3日 (金)

出版社の方がこのブログを

自社ホームページに参照してくださいました!!
(軽く舞い上がるflair

お目にとまったのは、
こちら →0001 エンジニアの野外手帳

札幌にある出版社共同文化社のページです。
こちら →★★★「エンジニアの野外手帳」が読者のブログで紹介されました

いくぶん生意気な感想に、著者の先輩方が気を悪くされなければいいのですが…

ドーコン叢書は、第二弾、三弾と続編の計画があるとのこと。
楽しみに待たせていただきます。


わたしごときのブログをご参照いただき、ありがとうございます m(_ _)m
次も、感想を書かないとまずいですね (^-^;

2011年5月25日 (水)

0004 杉浦日向子の食・道・楽

杉浦日向子さんは、
NHKの「コメディーお江戸でござる」で江戸の風俗を語る、
その語り口がことさら女性らしく、しかも現実味を帯びて詳細なことに、
いつも注目しており、自分のいつかは会いたい人リストの上位でした。

そして、衝撃かつ突然の訃報がもたらされてから、
もう6年が経過たことに、少し驚きます。

もともとは漫画家でいらっしゃいましたが、早々に「隠居生活をする」、と引退宣言。
しかし、そのほんとうの理由は、
骨髄移植以外に完治の道がない血液免疫系の疾患のためだったことや、

亡くなる直前の
「念願だった豪華客船で世界一周の旅を」したとの発表を
すっかり信じ込んでいましたけれども、
実は闘病していた… など、短い生涯をなんと美しく駆け抜けられたのだろうと思います。

私が、初めて杉浦日向子さんを知ったのは、
テレビでの江戸風物を語られる姿からでした。
江戸の蕎麦屋で、そばの種を肴に昼間からいただく日本酒のお話しが、
いかにも楽しくおいしそうで、東京出張ついでに神田のお蕎麦屋さんに入ったものでした。

「杉浦日向子の食・道・楽」は、著者の訃報に触れた直後に手にとった本でした。
江戸からの控えめな粋を教えてもらえます。
病に対する洞察もまた、日本的に思えます。

これ以上は、照れくささもあり、抜き書きだけで





-----では、(当時)私の反応したくだりリストを以下に-----

(p.22)
食は、命をつなぐ、最重要行為だから、その質(廉価・高価)に、差別はない。

(p.23)
たとえば、「ながら喰い」。
意識は他のことに集中していて、とりあえず手と口を動かして、
食べ物の形態などは確認もせず、黙々と胃へ燃料源を送る。
胃が膨れれば、うまいまずいもなく、それでいい。
あるいは、「遊び喰い」。
食べ物を、ぐちゃぐちゃパズルのように分解して、
長時間かけて、つつき散らかし、ほったらかし。
下げようとすると、マダといって、さらに遊んで散らかして、結局食べない。
または、「欲喰い」。
ビュッフェなどで、めったやたらに、てんこもりに取って来て、そのくせ、ごっそり残す。
皆、とても、不快な、作法だ。"

(p.23)
「(御命)いただきます」こそ、率直敬虔な、基本の作法の一言ではないだろうか。

(p.26)
恋人は、無重力遊泳状態だから、シンプルな旧知の食材を、
ともに味わうことにより、一歩一歩理解を深め合えると思うのである。

(p.26)
うどん、ラーメン、焼き鳥、とんかつ、お好み焼き、おでんなどのカウンターに行きなさい。

(p.26)
食べ慣れた料理を、そのひとはどんなふうに注文して、どんな速度で食べるのだろう。
なじみの店の店員さんや常連客とどんなふうに会話するのだろう。
ほんのそれだけの日常の断片から、遠心力が生まれ、地に足が着くのが解る。

(p.26)
並んで座って、ふと横顔を見てごらん。~それがそのひとの素顔なんだよ。

(p.27)
並んで座ろう、並んで食べよう。

(p.28)
バーカウンターで呑むとき。このときは、雰囲気を呑む。
ワンランク上の銘酒や、自分ではつくれないカクテルを、気の利いた肴で味わう。
これは、場に酔うのであって、盃数を重ねるのは野暮。

(p.29)
命をつなぐ食事、それを彩る酒。
ブローチのないドレスはあっても、ドレスのないブローチはありえない。
酒がブローチであり、食事がドレスだと、考えてほしい。

(p.44)
いわゆる贅沢な時間を、ひとり静かに過ごす楽しみ。

(p.38)
「おふくろの味」ではなく、「袋の味」と言える。

(p.47)
生命の味、生味(せいみ)、そして凄味だ。
食べる、とは、ホントに凄い行為だ。命から命をいただい日々を永らえる事だったんだ。
だから。食事前の「いただきます」って、いい日本語だ。

(p.49)
春は、張る。なにもかもが漲っている。怠けものにはしんどい季節だ。

(p.50)
「豆に暮らせ」とは「達者でいろ」との意

(p.100)
イタリア人は、人をはげます時に「フォルツァ!」(大丈夫)と云う

(p.104)
誰にとっても「老い」は、初体験の変化だから、若さにしがみつこうとは思わない。
時を、丸ごと、受け容れて、今の生命を、ことほぎたい。

(p.113)
呑まなければ、もっと仕事ができるし、お金もたまる。
~間に合わなかった仕事、ごめんなさい、おいしいお酒、ありがとう。

(p.134)
江戸のころ、「闘病」という言葉はなく、「平癒」といった。
闘病が、撲滅駆除の叩き出しで、
平癒が、来訪メッセージに歩み寄る示談ではないだろうか。
たて籠もった珍客は、偶然か必然か、ともあれ、自分の身体を選んで侵入し、居座った。
気難しい客だけれど、通じる言葉は、きっと見つかる。
長年、病人をやっていると、そんな気がするのです。

(p.118)
不健康は健康のもと

(p.118)
病とは、外からやってくるものばかりでなく、もともと体に同居していた、
ちいさな身内だったのかもしれません。
それが突然、来訪者として、「頼もう」と声を荒げた瞬間が「発病」です。
なにか、メッセージがあるから、姿を現したのです。
招かれざる客ではあっても、まず用件を丁寧に聞いて、
かれがなにものなのか、自分のどこがいけなかったのかを知り、
なるべく、すみやかに、おひきとりねがいたい。
これが「平癒」の意味するところなんですね。好きな言葉です。

(p.139)
足を運んで、一歩ごとに近づいて、会いに行く。肩に触れ、握手して、あいさつをする。
それが、人間の、付き合いだ。

(p.145)
人間は病の容れ物

2011年5月20日 (金)

0003 なぜ、御用聞きビジネスが伸びているのか

2006(平成17)年頃、勤務先の代表取締役をときどき社長室に訪ね、
登別のまちの未来に貢献できる新しい事業の展開を話し合う機会をいただいていました。

何度か社長が、自分の書棚から本を抜き出し、
「こんな本があったんだけれど」
と言って手渡してくださったのを懐かしく思い出します。

藤沢久美さんの
「なぜ、御用聞きビジネスが伸びているのか」は、
そのようにして手渡された一冊。

登別という土地柄と、まちの未来という課題の間にどのような解があるのか、
模索の活動の只中でした。

いくつかの特色ある会社が取材されていて、
その中には、自宅のある帯広市の愛すべき企業、
「六花亭」も取り上げられていたので、ことのほか興味深く読み、
こういうエッセンスの盛り込まれた企業が形になったらどんなにすばらしいだろうかと
想いを巡らせていたのでしょう。
(確か、最後の一章が六花亭様のことではなかったかと)

これらの企業が集められた背景には、
新しい時代の経営に対する著者の温かな視線と洞察が感じられます。

「きれいごとでは、食ってはいけない」
というのが、20世紀日本社会のひとつの側面だったのかもしれません。
しかし、事業を遂行するうえで発生するクレームや失敗を
買い取ってまで役立てようとする姿勢であるとか、
従業員の声に耳を傾けることから生まれるモチベーションであるとか、
いわば「きれいごと」こそが、21世紀の企業に求められる資質であることを
わかりやすい事例を引きながら示してくれています。

今となっては、抜き書きからどういう会社を取り上げてのことだったのか、
思い出せない部分も多々あります。

身につまされるくだりもあります。

「初心に返る」
そういう心がけを今一度、肝に銘じたい

私にとっては、そう思わされる抜き書きでした。





-----では、(当時)私の反応したくだりリストを以下に-----

(p.71)
お客様に新しい知識と知恵を提供する。その結果、販売員とお客様がともに成長していく。

(p.77)
「クレームは5分以内に報告、3分以内に行動を起こし、二時間以内には現場に駆けつける」
という基準で実施されています。

(p.78)
(だいじな壷が割れてしまったのは…という文脈だったのでしょう)
壺をどかしてその下まできれいにしようとした努力の結果だと、その失敗を逆に評価した。

(p.82)
大げさとも言えるクレーム対応が、お客様を営業マンに変えてしまったのです。

(p.83)
クレームを買い取る仕組みです。

(p.92)
アルビン・トフラ「第三の波」~プロデューサー(作り手)とコンシュマー(買い手)が融合した
プロシューマーと呼ぶような消費者が生まれてくる。

(p.105)
複雑系の理論では、
混沌とした中から自然に秩序や構造が生まれてくることを「創発」といいます。
そして、
その「創発」を生み出すためには、その混沌に「ゆらぎ」を与えることだといわれています。
このワイガヤという混沌とした状況に投げ込む「ゆらぎ」の一つが
「趣味」という「共通の価値観」なのかもしれません。

(p.127)
「選択と集中」~キャッチフレーズをつくってみることは、自社の強みを知るための格好の「棚卸し」作業

(p.128)
一社でもぶら下がるつもりの企業があると連携はうまくいかない。
~何かよいことがあるかもしれないから入っておこうという企業は、
いざというときに腰が引けてしまい、結果的に連携を弱くします。

(p.140)商品がもつ物語も一緒に売ることにしたのです。

(p.167)
「物語」とは、どこにでもあるのです。業界では当たり前の言い伝えや習慣、さらに商品やサービスをつくったときの誕生秘話やトラブルなどのエピソードが物語になるのです。

(p.175)
年間1/3の休暇と残業禁止

(p.177)
「働くな、休め」

(p.181)
従業員の意見に対して誠実に耳を傾けているという姿が、従業員の前向きな気持ちを生み出すのでしょう。

(p.185)
お客様の声を聞く前に、従業員の声を経営陣が徹底的に聞く。
その行為を通じて従業員は声を聞いてもらえる喜びを実感します。
そして、その喜びの体験をお客様にも提供するようになります。

(p.185)
人間は、自分の体験した感覚しか、本当の意味で理解することはできません。
自分の意見が生かされる喜びを実感している従業員は
お客様にその充実感を感じてもらいたいと自然に思います。
その気持ちがお客様の声に真摯に耳を傾け、製品改善の提案へとつながっていくのです。
そしてそれが役員会で採用されることは、自分の喜びであると同時にお客様の喜びとなる。
お客様の声を聞けとトップダウンで指示を出しておいて、
自分自身は部下の声に耳を傾けない。
そんなマネージャーの下ではたらく従業員たちは、お客様の声に耳を傾けることも、
人を大切にすることも身に付かないのではないでしょうか。
お客様とよい関係を築く会社をつくるには、まずは経営者と従業員がよい関係を築く。
まず、経営者が従業員の声に耳を傾ける。
その姿勢が従業員に最も効果的にお客様の声を聞くことの大切さを教えてくれるのです。

(p.208)
前向きな気分が高揚しているときに異動の辞令を出すのが大切だと、社長は言います。

(p.209)
しかし、
社長によれば、心境の変化が起きているのは、常時一割程度の人間なのだそうです。
したがって、この会社の場合ならば、
常に一七〇人程度の従業員が心境の変化を生じているわけです。
ですから、その一七〇人を特に注意深く見つめていればいいのだそうです。

(p.210)
社長が本当に従業員みんなに輝いて欲しいと思うならば、
たとえ従業員が一七〇〇人という中堅企業規模になっても、
こうした家族経営のような温かい会社がつくれることを、この会社の姿は教えてくれます。




2011年5月19日 (木)

0002 カッシーノ!

人は…
と、私の身の上に起こることを一般化してしまうことは、
おおきな試み違いだと自覚してはいるのですけれども、

人は二度同じ失敗をする。

と思うのです。
一度目の失敗は、それが失敗だったのかどうかの自覚すらなく
どうしてそういうことが起こってしまったかなど問うにおよばず、

そして、もう一度類似の失敗をおかしたときに、はじめて
失敗だったと自覚… すればよいほうかもしれません。


なんでそんなことを思ったかと言えば、
私は、過去にも1000冊読破を志したことがありました。
そして、そういうことはすっかり忘れていました。

当時の自分について、建設コンサルタントとしての資質不足を感じていたのでしょう。
そして、1000冊の根拠は、千夜千册であり、
私の母校(大学相当)の図書室にあった書籍を1000冊を目標に片っ端から読破したという
先輩の伝説が記憶のどこかにあったためでしょう。

どうもその時期は、2006(平成17年)頃のよう。

ところが動機とは裏腹に、ハードディスクにはその記念すべき1冊目として、
浅田次郎氏の小説(いや、ドキュメンタリー?)
「カッシーノ!」
の記録が残されており、感銘を受けたくだりが次々と
表計算ソフトexcelのシート上に映し出されるのです。

今回の「千夜千册」、2冊目にして早くも前途多難が明るみに出ており、
であるならば、過去の失敗というか挫折の記録も通算しつつ、1000冊を目指すということで、
私の内部では折り合いがついたのでありました。

ところで、5年前の私が書き抜いた「カッシーノ!」の断片は、
今夜においても実におもしろい断片であります。

この書は、著者の浅田次郎氏がカメラマン氏、編集者氏とともに
世界中の有名カジノを旅して実際に賭博に興じる物語です。
(旅のメンバーは、ひょっとしたら正しくないかもしれません
 なにしろ、5年も前に読んでもので…)

私が今、登別の地においてその未来を考えるときに、
「カッシーノ!」の洞察が根底にあることを思い知るのでした。




-----では、(当時)私の反応したくだりリストを以下に-----

(p.49)
わが国で構想されているカジノは、お台場よりも熱海が正解、ということになる。

(p.51)
国家の平和と繁栄を永遠に保証するものは決して武力ではなく、文化なのだと。
あるいは、文化こそが最大の武力であると認識する、国民の叡智なのだと。

(p.56)
「私のイメージでは」という彼女の説明は気に入った。
旅先のガイドはともすると、丸覚えの観光案内を立て板に水のごとくまくしたてる。
マダム・ヨーコはプロのガイドではなかった。

(p.56)
「お仕事は?」と、私は少し腰を引いて訊ねた。
「これといってありませんの"

(p.66)
「出ますわ、きっと」

(p.74)
あの若い女がツイていると思えばその張り目に乗ればいいし、
こっちのオヤジはいずれオケラでだと判断すれば、その反目を狙えばいい。

(p.90)
Casinoの語源は、イタリア語で「小さな家」を意味するCasaである。

(p.90)
弾圧と規制の対象になる。
人間は元来、時間と暦とに追いたてられながら額に汗して金を稼ぐべきなのである。
ところがギャンブルは、けっして労働とはいえぬ遊戯によって、金のやりとりをする。
これを規制せずして、まともな社会を維持できようはずがない。

(p.91)
だいたいからして政治家なるものは古今東西、保身のかたまりであるから、
発想のコペルニクス的転換を禁忌とする。
必ず現状における利得ばかりを考える。
「いっそのこと」という言葉自体が禁句なのである。

(p.104)
勝負の場に臨んで、私は自分の敗北イメージしたためしがない。
結果がどうであるかはともかく、始めるときには勝つものだと思いこんでいる。
「きょうは勝つか負けるか」ではなく、「きょうはいくら勝つか」なのである。

(p.109)
つまり、バチカンもマフィアも、ミケランジェロもアルマーニも、シーザーもムッソリーニも、
ダ・ヴィンチもパスタもビバルディもフェラーリも、みんなイタリアにはちがいないのである。

(p.111)
この国のプライオリティは、必ずしも「豊かさ」ではない。
すべてに先んじるものは「美しさ」なのである。

(p.111)
石畳は、不便である。観光客は足の疲れに悩み、靴も車も傷み、むろん危険でもある。
ではなぜわざわざそんなことをしたのかというと、
石畳はアスファルトより美しいからなのであった。

(p.116)
特にここを称して「バーデン・バイ・ヴィーン」という。
ウィーン空港からアウトバーンをとばせばアッという間であるが、できることなら
オペラ座前から路面電車に揺られて、バーデンの中心であるヨーゼフ広場に至るルートを
お勧めしたい。

(p.117)
バーテンはよいところである。一度はおいでというべきであろう。
豊かな緑と咲きほこる花の中に、まったく物語のようなハプスブルグ時代の
街並みが続いている。"

(p.122)
楽聖ベートーヴェンのいかめしい胸像が建っていた。彼もまた、このホテル・サウアーホフを愛したゲストであった。

(p.123)
「カジノバーデン国際会議場」だが、何ともカルチャー・ショックを禁じ得ない命名である。
たしかにこの宮殿の中には、カジノと国際会議場が共存している。

(p.124)
国際会議場なるものは社交の場なのだから、酒をくみかわし、
音楽や舞踏を楽しむのと同様に、ギャンブルに興ずるのである。
そのことのどこに矛盾があるのかと、逆にマネージャーから質問されて、私は答えに窮した。

(p.126)
人はしばしば才を信じて努力を怠り。また非才を嘆いても努力を怠るからである。
すなわち、才能のあるなしにかかわらず、はなからそういうものの存在は信じぬほうが結果はいいに決まっている。
つまるところ、「才能は情熱の異名」とする私の持論はてんで当たらない。

(p.128)
「博才とは何か」~
第一に、彼らの性格はおしなべて温和である。~
第二に、経済感覚である。~
一発勝負の大勝利や常勝の栄光などは不必要かつあってはならないものであり、
小勝ちの貯蓄もしくは三勝二敗の道徳こそが、人生を保証するのである。~
第三に、~真のギャンブラーは明るい。~
ただし、決して酒の力は借りない。ということは、先天的な座持ちのよさがある。
勝っても憎まれないこうした性格は、
特定のメンバーを相手にする場合などには大きな武器となり、
実力を隠藪する衣装ともなる。

(p.140)
このように考えると、カジノというものは国家の雛形だという気もする。

(p.140)
ハンドルを握ったまま技術を要するでもなく、勝っても負けてもたかがしれているゲームに、
大の大人がずらりと仏頂面を並べているさまは、
生産手段の社会的所有と計画原理に基づく分配、
すなわち社会主義そのものではないか、と。
~パチンコは娯楽である以前に、日本そのものなのである。

(p.151)
話ながらマネージャーの投げたボールは、「0」に落ちていたのである。

(p.153)
ゼーフェルトは噂にたがわぬ、美しい谷間の村であった。まさに箱庭である。
駅舎を出たとたん、これはテーマパークではないかと目を疑うほどの風景が拡がる。
バスも車もない。小さな村の交通機関は、馬車と電気自動車である。

(p.156)
不善なるものを徹底的に排除したこの町にカジノが存在するということは、
少なくともそれがガソリンエンジンよりも善なるものであると、
チロルの人々は認識していることになる。

(p.159)
長く滞在なさってもゲストが退屈することのないよう、
さまざまのリラクゼーションが整っています。
屋内プール、スパ、エステティック、マッサージ、六つのレストラン、
地下には五百年間続くワインセラーも」
そのうえ夏はアルプスのトレッキング、冬ならスキーやクロスカントリーといった
娯楽のメインコースがあるのだから、退屈するどころかカジノに通う余裕はあるまい。

(p.162)
どうしてそんなに忙しいのかな。
むしろ日本人の一生は世界一長いはずなのに。タイム・イズ・マネーということでしょうか。
~タイム・イズ・マネーもけっこうですが、タイム・イズ・ライフということもお忘れなく」

(p.163)
ゼーフェルトのカジノは、誠にフレンドリィである。

(p.164)
たしかにパチンコは、その外見もシステムも、客観的にはまぎれもない「日本固有のカジノ」なのである。
これをカジノではないと主張するのは、自衛隊を軍隊ではないと言い張るのとよく似ている。

(p.238)
まず、人間の行動はすべて自己責任に帰結するということを教えてくれる。
この考え方の欠如は、総じて日本人の民族的欠嵌である。

(p.242)
ではなぜわからなくなったのかというと、
手持ちの金がトケてキャッシュカードを濫用したせいであった。

(p.242)
日本人が総じて自己管理能力に劣っていることは確かであろう。
完成された社会主義国家というか、ともかく相互扶助と思いやりの精神によって、
個人のハンディキャップばかりかミステイクまでもが救済されてしまうのである。
親は子に存分な小遣いを渡す。
学校は追試験を繰り返して生徒を進級させる。
職場では往々にして、働き者の社員が生産性のない同僚の給料までも稼ぎ出す。
恒常的な外注システムによって、下請けの企業は努力なしで繁盛する。
スクールネームがあれば、一生食うに困らない。
借金で首が回らなくなれば、いともたやすく自己破産ができるし、社会的波及効果が考慮されて、大企業は巨額の債権放棄を受けるのである。

(p.248)
パリに帰る途中、美しい漁師町オンフールに立ち寄る。

(p,256)
こういう時間が持てるのも、鉄道ならではであろう。
思考が行動に追いつかぬという空の旅の重大なる欠点を、人間はあんがい忘れている。

(p.259)
ひとつは、ドイツにおいてはギャンブルそのものが
温泉保養地を訪れるような特権階級の遊びとして規定されていたのである。

(p.262)
カジノばかりではなく、
ギャンブル事業を成功させるためには、利用者を広く浅く求めることは誤りで、
むしろ狭く深く、金持ちの退蔵資産を掘り起こすというほどのコンセプトを持たねばならない。
社会に弊害をもたらさず、なおかつ実効を上げようとしたドイツ的な結論が、すなわち「バーテン」「バート」のカジノである。

(p.281)
いかなる事情があれ、小説家に手抜きは許されない。
たとえ過去にどれほどの名作を書いていても、一篇の失敗作、一行の駄文で、たちどころに名声は失墜するからである。

(p.291)
バーデンバーデンは、町そのものが巨大な庭園であった。このバーデンバーデンほど高度に完成された庭を、私はほかに知らない。

(p.291)
バーデンバーデンの町は、けっして自然を脅かさず、人間が森の精霊に服いつつ暮らしていると思えた。
いったいどのように手をかければこうした美しい緑ができあがるのだろうと感心する。
よほどまめな努力をしなければこの形は維持できぬはずなのに、そのために働く人々の姿がない。
むろん人為も感じられない。地球の支配者は、神のつくり給うた大自然であり、人間はその自然の黒子として仕えている。
-これがドイツ庭園の思想なのであろう。だからかくも人為を感じられぬのである。
芸術の極意は、すなわちこれであろう。

(p.295)
「温泉会館」であるが、こちらは1823年に完成した由緒正しきもので、
カジノのほかにコンサートホールや格式あるレストランなどが併設されている。

(p.296)
さすがは十三世紀からの長い伝統を誇るドイツカジノの総本山である。

2011年5月16日 (月)

0001 エンジニアの野外手帳

近所の書店の何軒かで

「エンジニアの野外手帳」

というタイトルが目にとまるようになりました。

自分もエンジニアの端くれだと思っているので、
なんとなく気になってはいたのものの、
今日、近づいてみて、まじまじと眺めてみると
小さな文字で ドーコン叢書① と表紙にあるではありませんか。

ドーコンというのは北海道にある会社の名前で、
私自身、社会人としての第一歩をドーコンさまと同じ業界に踏み出し、
長い間育てていただいたばかりでなく、
学校時代、同じ研究室で学んだ友人も勤めているという、
そういう会社なのです。

そこで、このブログの記念すべき第1冊目は、この本にしようと決めました。

序文の書き出しには、

私たちは札幌に本社のある総合建設コンサルタントのエンジニアである。
道路、橋梁、河川、環境、農業、地質、ランドスケープ、都市などの
工学技術分野を専門とし、
道路や河川をはじめとする社会資本の調査・計画・設計業務に携わっている。
そんなカタイ私たちが見つけた「北海道のちょっといい話」を紹介したい。
(P.17)

とあって、ああ、オレって「カタイ私たち」の一員だったんだ…
(今は観光業界なのに)
と、小さく納得するのでした。

ぱらぱらとページをめくると、有名なのでこちらは知っているけれども
多分先方は私のことなどご存じないだろう… と思う方や
しばしば参考資料として役所などから供される報告書でお名前を拝見する方
以前、仕事を引き継がせていただいたときに、
(他社に仕事を途中から持って行かれるのは心外だったはずなのですが)
快くしかもていねいに内容を教えてくださった方など、
私のほうが一方的に親しみを覚えるお名前がいくつかあって、思わず購入。

「川を覗いて魚と話しをしてみなければ、魚のことはわからない」
先輩技術者の言葉に突き動かされて…
(P.24)

とくれば、先輩技術者とはあの方のことだろう… と。

巻頭のグラビアには、北海道の大地を体感しながら、
自分も味わってきた、まさに“千載一遇”の感動が、
多くの人の共感を得られるだろう美しさで要領よくとりまとめられ、
さすがドーコンさん…

読み進めていくと、

絶滅が危惧されている動植物を記録したレッドデータブックの整備が進むと共に、
そこに登場する野生動植物の保全を第一の目標にするようになった。
同時に、貴重種に該当しないノネズミの調査が簡素化されるようになった

と指摘するくだりがあり、

ノネズミの日常生活が当たり前に営まれていることは、
その場所の健全さの証ではないか。
(P.69)

と、警鐘を奏でながら続く文章からは、現場の担当者の本心が浮き彫りに。

道路に関わるところでは、
北海道では進行方向の先に山が見える直線道路が多いことが指摘されます。
(Ⅱ-1)

日頃から、うすうす北海道の道路は景色がいい…
と、思ってはいたものの、この背景に「山アテ」と呼ばれる手法があり、
開拓当時、三角点が設けられる山頂は測量の目標として非常に便利だった
という事情が隠されていたとは、自分の不勉強を恥じ入るばかり。

治水百年。のタイトルが付された章(Ⅱ-3)では、
石狩川の治水が実に壮大な事業であったことを指摘して、
「現象の本質に迫る」「未来を見すえる」
岡崎文吉博士(北海道庁技師)をはじめとする先人の知恵や努力は
時代を超えて現代に通じていると述べられ、

真駒内から中山峠に抜ける定山渓国道については、
(つい先日、モニターツアーの機会に初めて通過し、
 その大胆なつくりに目を見張ったものでしたが)
改良当時、道路改良事業所長の指揮により開発局の技術職員が直接設計を担当し、
「道路は公園のようでなければならない」とのポリシーのもと
本邦初の造形を含む道路を入念に試行錯誤して造られたことが紹介されます。

「未来の風景をつくる」とする章では、
都市コンサルタントが持つべき重要な能力のひとつとして
「アウフヘーベン(止揚)」が紹介されています。

アウフヘーベンとは、矛盾や対立するように見える意見であっても、
別な目線で捉え直すことで。双方の考えをより高い次元で結びつける考え方だ。
(p.194)

と説明されていて、熱心な住民の多い土地でときどき見かける
熱心さのちょっとしたボタンの掛け違いから相互に理解できなくなってしまう、
そういう場面を思い出させられます。

ひょっとしたら、今の自分はコンサルタントという顔ではないけれども、
まさにアウフヘーベンを実践する現場にいるのかもしれません。

そして、これまでのまちづくりの取り組みをかえりみて

今、まちづくりの夢を語るコミュニケーション技術だけでは限界を迎えようとしていると感じる。
(p.201)

と。
これは、非常に強く共感する一行でした。

住民を巻き込みさまざまな組織がつくられたが総じていえば、
みんなにとって良いことや楽しいことをいかにして実現していくか、
住民の思いをいかにして引き出すかという、夢のある取組だった。
30年後には人口が半減するまちが出てくる。
そんな厳しい時代に入った今、夢だけではまちづくりを語れなくなっていく。
(p.202)

生意気に思われてしまいそうですが、
私が「まちづくり推進室」というコンサルタント会社の一部門で
リーダーの立場をいただいていた頃、
まさにこのことが喫緊の課題だと感じていたのです。

北海道では、「賑わいづくり」に代表されるいわゆるまちづくりの取り組みでは、
お金を消費しても生み出す力は弱い。

イベント好きの行動力に頼りすぎてしまう結果、活動は次第に疲弊していく。

そしてなにより、“まちづくり”では、食っていけない場合が多いのです。
筆者はそのことを思い描きながら書いているのかどうか

肉を切らせて骨を断つといった“まちたたみ”がテーマになってくる時代には、
これまでと次元の異なるコミュニケーション技術の上乗せが必要となるに違いない。
(p.202)

と、指摘します。
私が直感的に思うのは、「コミュニケーション技術の上乗せ」にあたる部分は、
会計とマーケティングかもしれないということです。

建設コンサルタントに身を置いてきた私には、
会計やマーケティングの知識と技術が著しく欠如していると感じています。

しかし、この部分…
つまり市場に受け入れられて経済的に自立していく裏付けがなければ、
社会資本の整備も効果的には行われないのです。

他方、“賑わいづくり”というか“イベント”というか“お祭り騒ぎというのか”
そういう、一時は楽しい“まちづくり”については、
コミュニティの維持、いわばご近所のつながりに少なからぬ力を発揮するという、
必ずしも経済効果だけでは測定できない力があることも事実です。

であれば、軽々に取り組む前に熟慮も必要かもしれません。
うまくいかないで、場合によってはけんか別れのようなことになってしまっては、
コミュニティに非常に深い傷を残すことになるかもしれなからです。

失敗してしまうこと… それは地域の経験として尊いものとなっていくでしょうけれども、
取り組む以上は、そういう見識を持つメンバーも内包にされていることが重要に思えます。

自分より地域を優先する、みんなの利益の実現のために行動するといった、
住民意識を高い次元に持ち上げていくことが求められてきているからだ。
だが、その実例は全国を探してもいまだに現れていない。
(p.202)

そういう模索の中に、自分も身を置いているのであれば、光栄なのですが…

最後の章は、札幌のサイクルシェアリング「ポロクル」の取り組み。

シェアリング拠点は多いほど利便性が増すわけですが、
そのそれぞれに管理者を置いていてはコストがかかってしまうため、
携帯電話回線とICカードやおサイフケータイも活用したクレジット決済で
問題解決を図ったことが冒頭述べられて、またぐっと引き込まれてしまいます。

平成21年の最初の実証実験のオープニングに合わせた
「北海道モビリティカフェ」では、東京大学大学院の羽藤英二准教授が
次のように語ったと記されています。

「21世紀へと時代が進むにつれて、移動風景が壊れてしまった
(中略)
 でも、かつては移動すること自体が楽しみだった時代もあったのです
(後略)」

それはまさに、我々、観光の分野も思い出さなければいけないことではないでしょうか。

社会的企業(Social Enterprise)という概念があって、
我々も、そうした企業になりたいという志を少なからず持っています。
持続可能な利益を得ながら社会にとって重要な事業を担っていく存在。
筆者は、次のように指摘します。

行政のエージェントとして、
これまで表に出ることの少なかった私たちコンサルト会社の内部には、
今の時代に求められる知恵や技術が蓄積されているはずだ。
(p.232)

そして、最後にドーコン代表取締役様の言葉が紹介されます。

100年企業を目指して、質の高い品格と文化の香りがする社会資本を
未来の世代に残せるような仕事をしよう!
(p.232)

北海道のリーディングカンパニーのトップが、このように発言していることが
こうした書籍を通じて公表されることは、
北海道中の同業者を励ますことになるのではないかと感じます。

あとがきには、こうあります。

この叢書の発行は、エンジニア特有の技術的バックボーンが確認でき、
勉強するきっかけになり、
私たちの仕事の魅力を知ることができるというメリットがあるのだ。
(p.236)

このことは、読み手となったエンジニアにも少なからず
同様のメリットをもたらしているようです。

一番トクをしたのは私たち自身かもしれない
(p.236)

まったく同感です。






-----では、私の反応したくだりリストを以下に-----

50年、100年という長いスパンで未来の社会に必要なものをしっかり見定め、
良質な社会資本を次の世代に残す責務があると思う。
(p.18)

雪むしは、北海道ではアブラムシの仲間の「トドノネオオワタムシ」を
指してよぶことが多い。
(p.46)

さて、インタープリターの仕事は、環境コンサルタントの仕事に通じるものがある。
(中略)事業が行われる地域の自然を調べ、事業が自然に与える影響を予測し、
その影響を最小限にする措置を考えること。
自然と人間、歴史や文化と現代人の間に立ち、
「環境の中での人間の位置を説明する技術」が求められるのだ。
(p.55)

野ねずみが代をつないで生息していくためには、
直径30~40mの行動圏だけでは足りず、
その周囲に分散や侵入の場となる「面」の広がりが必要なのだ。
住宅地、学校、商業施設などが軒を連ねる市街地に
野生生物の少ないことを常識としていっていても、
「なぜ動物がいないのか」と深く考えることはない。
(p.68)

私たちコンサルタントエンジニアは、良質な社会資本の整備、
そして自然環境の保全という付加価値のある整備のために、環境調査を行っている。
(p.69)

北海道の土は全国の土と比べ“若い”。
噴火から年月の経っていない火山性土が北海道には非常に多い。
また、ほとんど北海道にしかない泥炭土も土としてみると若い。
この若さが、日本の食料生産を支える
北海道農業の活力になっているのかというと、実はそうではない。
(p.104)

色温度は紫のほうが高く、赤が最も低い数値となる。
(中略)
正午の北天光の測定値をもとにモデル化した数値によると、
北緯43度、札幌あたりの色温度は6800k(ケルビン)。
一方、北緯26度、那覇あたりの色温度は4200kで
白色・温白色の蛍光灯に近い色となっている。
北海道では紫~青の色が、沖縄では黄~赤の色がくっきりと見える傾向がある。
(中略)
北国では寒色系を好み、南国では暖色系を好むという違いがあるようだ。
(p.169)

提案した色彩が市街地景観の適度な統一に効果を発揮
(p.180)

まちづくりは、「計画」と「実践」の両輪で動くもの
(p.189)

住民の方々の発する言葉の背景、生活体験を丁寧に紡ぎ、
計画の幹を見つけ構築していく。
計画書は決して言葉の寄せ集めではない。
計画書案を読んでいただいたときに
「私たちの言いたかったことは、まさにこういうことだったんです」と
いわれかどうかがコンサルタントの試金石なのだ。
(p.193)

都市コンサルタントが持つべき重要な能力のひとつとして
「アウフヘーベン(止揚)」する力がある。
アウフヘーベンとは、矛盾や対立するように見える意見であっても、
別な目線で捉え直すことで。双方の考えをより高い次元で結びつける考え方だ。
(p.194)

サイクルシェアリングを支える地域連携のモデルをつくることも
実験の目的に加わった。国道36号へのポート設置に
「札幌大通まちづくり株式会社」が主体的に取り組んでくれたことが
その代表例である。同社は大通地区のまちづくりの総合調整役として
平成21年に誕生した。

…どんな会社なんだ?…

まちなかの公共空間にポートの設置を認めてもらおうとするならば、
まちづくり会社としての私たちが主体になるほうが
合意を得られやすいと考えたのです。

…なんで合意を得られやすいの?…
(p.224)

…札幌大通りまちづくり株式会社の服部取締役統括部長は、
こう語って関係機関や地域との調整に尽力されたとあります…

全く新しい社会実験なので、いろいろな問題がありましたが、
議論を重ね、納得を積み重ねていくうちに、
関わる人たちがそれぞれに自転車をシェア(共有)するという考え方に
可能性を見出していったと思います。研究会ベースの「ポロクル2009」と違って、
規模を拡大した「ポロクル2010」はいろいろな人たちの協力がなければできなかった。
想いと責任をそれぞれが共有しながら、進めていったのです。
このつながりと広がりこそが「ポロクル2010」の最大の成果だったのではないでしょうか。
(p.224)

2011年5月10日 (火)

千夜千册には届きますやら

わたくしの場合、特に仕事の場面では、
裏付け不足、説明不足、語彙不足、表現不適切に起因する不可解を
周囲に押しつけている場面が多いように思われ、
その改善に莫大な読書が役立つのではなかろうかと薄々感じているのですが、
速読、多読は不得意分野で尻込みをしています。

松岡正剛さんが千夜連続で毎晩一冊ずつ本をめぐるエッセーをお続けになった
「千夜千册」というブログは有名ですが、
そういう離れ業をやってのけられる方は特別なのであって、
およそ自分の世界とはまったく異なっているのだろうということに
少しの疑いもありません。

しかし、

私のごく身近で親しい(と、こちらが思っている)友人は、
隔週で図書館通いをしているらしく、
毎回、限度いっぱいの10冊を借りてくるようなのです。

しかも、期限の2週間にすべて読み切って返却。

どうもそれは何年も続いている習慣らしく、
とすれば、毎週5冊ずつ読み切るとして、年間260冊。

盆と正月に1週間ずつ休んだとしても250冊。

少なくとも、4年以上前から図書館通いの発言を耳にしている気がするので、
それだけでも1000冊以上。

おそらく、4年くらいの経歴ではなさそうで…

それなのに、しばしば連絡もくれるし飲みにも付き合ってくれる。
ちゃんと仕事もしているし、身綺麗に生活していて、
読書のために何かがおろそかになっているという風でもなく。

たぶん友人は本を読むのが好きなだけなのでしょうけれど、
私はそんなに好きではありませんがやってみようと思いまして。

どれくらいちゃんとやっているか、全世界に公開していることをプレッシャーに
(悲愴だ)

1000冊に届くころには軽快になっているといいのですが。

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